その素顔をしるものも居なければその素顔を知りたいと思うものも居ない。

夜のピエロ


「おじいさん、アノ人夜よく見かけるけど何をしているの?」
「アノ人は仕事を・・ピエロをずっと演じているのだよ。」


ピエロをやりたいと思い始めたのは、もう何十年も前。
そして、僕がピエロをという顔を演じ始めたのはもう何年も前。


「お疲れ様でした。」
白粉や紅を塗った顔。だぼだぼの衣服を身にまとい襟に飾りをつけ、円い帽子をかぶり
人を笑わせる。
それが僕の仕事。僕が動けば皆が笑う。
これほど幸せな仕事はないと思う。
ある日のサーカスの帰り、37回目の公演を終えた僕は雨の中傘をさしてゆっくりと帰っていた。
いつもどおり、路地をまっすぐ歩き、階段を降りて右に曲がり、塀を越える。
そして公園を通り、家に着く。だが、今日は違った。公園に猫が捨てられていた。
いつもなら道草もくわない僕だが、
その雨に打たれ弱弱しく横たわる姿をほうっておくことはできない、
人一倍強い優しさと正義感を持ち合わせている僕は傘と、
その小さな体が冷えてしまわないように衣服をくれてやった。
ピエロは衣服の下にきていた薄着1枚になり手を口に近づけ息を吹きかけながら家へと走った。


公園から家まで約5分。その5分の間に彼は小さな男の子に会った。
男の子はぼろぼろな布をまとい足元は素足、雨で髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら僕に話しかける。
「ねぇ、おにいさん。何か入れ物と少々のお金をもってはおられていないでしょうか?」
なんでも母親にたのまれた買い物をすませて、家に帰ろうとしていたところ鞄も、
財布もどこかへ知らぬまに落としてしまったのだという。
しかし、布一枚、素足で買い物を頼む母親などいるのだろうか?
僕はこの少年はうそをついているのかもいしれない。
そう疑った。しかし覚えたてのような片言の言の葉を発しながら存在するそれは
人一倍強い優しさと正義感を持ち合わせている僕にとってほうっておける存在ではなかった。
うそかどうかなどはどうでもいい。
僕はこの子の力になってあげたいと思いかばん代わりに円い帽子、
そして持ち合わせていたお金をすべてその男の子にくれてやった。


いつの間にか顔に塗っていた白粉や紅は雨で落ちてしまっていて、
僕は早足で家にかえっていた。しかし、木の後ろにひとつぽつんと黒い影が存在している。
近づいてみるとそこには一人の老人が座り込み背中を丸めていた。
「どうしたのですか?」
僕が声をかけたところ老人は借金取りに家を取られ、残ったのはこの身一つだという。
こればかりはどうにもならない。
円い帽子も、だぼだぼな衣服も、お金もない。何も与えられるものがない。
あぁ。僕は何をしてあげられるのか。
そのときふと目の前にある自分の家に目をやった。
僕は人一倍強い優しさと正義感を持ち合わせていたためほっとけなかったのだ。
「あの、よろしければ僕のあの家をあげましょう」そう言って家の鍵を渡した。


あぁ。僕には何も残っていない。どうしたものか。ドウシタモノカ。
もう舞台にたち人を笑わせることはできないのだ。
いや・・・僕にはまだ襟飾りが残っている。





「あ。アノ人また今日も夜の道を歩いてる。なんだかおかしな人ね」

夜の街、襟飾りにぼろぼろになった薄手の服をきてふらふらと歩き、人に馬鹿にされ
朝になると次の夜まで姿を消す。

僕が夜のピエロを始めたのは何年か前。

こうして道化役者は本当の道化者になったのだ。

「あぁ・・きょうもぼくをみてわらってくれているひとがいる」

道化役者・・だぶだぶの衣服を着て白粉や紅を塗り襟飾りをつけ、円い帽子をかぶる。
道化者・・人におかしがられるように振る舞う人。物笑いになる人。



めぐさんが書いてくださった「夜のピエロ」の小説です。
哀れで悲しくて綺麗な心を描いた文章をありがとうございました。
感激しています。
文章の著作権はめぐさんに有ります。転載転用はお控えください。